狂いゆく世界で 〜オードの兄妹〜


双子無惨


深淵の暗闇に鎮座する、奇怪なオブジェと化したラクチェ。

彼女の兄であるスカサハもまた、今では変わり果てた姿を晒している。
冒涜的な前衛芸術を乗せた寝台のすぐ傍の床に、死体のように横たわる人型の干物が、それだ。

銀の大剣を軽々と振るい、並み居る敵を薙ぎ倒した肉体は、もはや見る影も無く痩せこけていた。
小枝のように萎え涸れた手足は立ち上がることもままならず、無様に這い回ることしかできない。
生気のない、骨と皮ばかりになったその姿は、ほとんどミイラのようであった。

それなのに、雄の器官だけが、悪い冗談のように逞しい。
ぶらさげた睾丸は大ぶりの南瓜ほどもあり、屹立した一物はまるで聳え立つ塔のよう。
まさに男性器の化け物といった威容を誇っている。

異常な発達は、最愛の妹を確実に孕ませるために強いられたものだ。
純血を成すための子種にのみ価値を認められた彼は、ただ優秀な種馬であるべく、その体をいじくられていた。

約三ヶ月に一度、双子の妹との禁忌のまぐわいを遂げるときだけ、横たわるミイラは猛り狂う淫獣と化す。
牡馬も真っ青の剛直は、膣奥の仕切りを貫き、悠々と子宮まで埋まり込む。
そうして生命の源泉に直接、巨大な精巣に蓄えられた大量の子種汁をぶちまけるのだ。
バケツを引っくり返したような白濁の海は、彼の大事な妹に、違わず禁忌の子を孕ませてきた。

冒涜的で、猟奇的なまぐわいを、この哀れな兄妹はもう何度繰り返したか。

どこまでも救えないことに、それは代々の担当者によって詳細に記録されている。
二人とその子供たちは、レジスタンスにとって起死回生を賭けた希望なのだ。
皮肉にもオードの兄妹は、人としての全てを蹂躙されながら、同時に、何よりも大切にされていた。




彼と彼女にとって、砂粒ほどの救いがあるとすれば。
とうに正気を失くし、完膚なきまでに壊れきることが出来たことだろうか。


なにしろ、兄であるスカサハに至っては、脳の思考を司る部分を欠損させられているのだ。
人としての自我を、物理的に切除される――おぞましい恐怖を覚えずにはいられない、あまりにも悪魔的な所業である。
だが、この狂気に満たされた世界にとっては、それさえも、ただ無機質な合理性から導かれる、当然の帰結に過ぎなかった。

スカサハは、脳機能に加えて視覚と聴覚、味覚までをも奪われ、代わりに嗅覚だけを異常に発達させられている。
そのため、今の彼は雌の発情の臭い――排卵時に分泌されるフェロモンを、正確に嗅ぎ分けることが出来た。

理性を簒奪され、植物人間も同然となったスカサハを支配するのは、歪に肥大化した生殖本能である。
目と耳と舌を代償に得た鋭敏な嗅覚で、ラクチェの発情を察知したとき。
その瞬間だけ、生ける屍と成り果てた彼は、たくましい獣となって雄々しく猛り、最愛の妹を犯し尽くすのだ。

雌を孕ませる最高のタイミングを自身で見極め、自動的に種付けを完遂する――。
ありとあらゆる人間性と引き換えに、スカサハは、そんな便利で優秀な種馬として完成していた。


一方のラクチェは、兄のような外科的処置を施されたわけではない。
ただ単純に、彼女の精神が耐えられなかったのだ。

手足を切断され、狂気の呪いによって子宮の化物のように成り果てた我が身。
延々と強いられ続ける近親相姦。ありえざる早さ、ありえざる数で産まれてくる禁忌の子。
地下室の闇の中、ちっぽけな台座に横たえられ、何一つ、自らの意思で出来ることは無い。
死ぬことさえも許されず、体中に繋がれた無数の管から、多種多様な薬液を投与され、生かされていた。

いっそ殺してくれと、何度希ったことか。
交互にぶり返す諦観と悲憤で、ラクチェは半乱狂になって喚き散らした。
聞き届けられるはずもなく、そのたび鎮静剤を打たれ、無気力な泥濘の眠りへと突き返される。

そんな日々を、十五年。

十五年である。
正気など、保てるはずもない。
ラクチェの心は、跡形も無く砕け散り、すでに遠い彼岸へと飛び立っていた。

なにもかも変わり果てた彼女にあって、そこだけが悪い冗談のように少女の頃のままの、端整な顔。
口にも鼻孔にも管を差し込まれた、瀬戸際の病人のような有様であったが、血色自体はすこぶる良い。
それなのに、まるで蝋人形のように作り物めいていて、生気といったものは少しも感じられなかった。
およそ人間味の見当たらないその美貌は、綺麗とか美しいといった印象よりも先に、不気味な恐怖を催させる。

そして、かすかに開いた瞼から覗く、虚ろに濁り、くすんだ瞳。
快活な少女であったころ、きらきらと魅力的に輝いていた瞳は、無機質な硝子玉のようだった。
それが、ここにある彼女は、もはや永久に魂の失われた抜け殻であることを、雄弁に物語っている。

「っ……っ……」

不意に。
ラクチェであったものの半開きの唇から、吐息が漏れた。
そこに苦悶の色はなく、むしろ穏やかで、安らからな寝息のようだった。
わずかに、ほんのわずかに口端を持ち上げ、少女の顔がかろうじて微笑みとわかる表情をつくる。

この暗闇に閉ざされた地下室で、彼女はもうずっと、夢を見ていた。幸せな夢を。

子供の頃の夢だ。
あのティルナノグで、今は亡き仲間達と、最愛の兄と、暮らしていた頃の夢。
自身を守る力もなく、明日をも知れぬ命でも、希望と使命感に満ち溢れていた、幼き日々の。
幸せな夢に、たゆたっていた。

それは、生き地獄に繋がれた彼女に、無力な神が零した、せめてもの救いだった。

そう。

精神的なストレスは、母体に対して著しい悪影響を及ぼす。
ゆえに、それを取り除くための薬物を、ラクチェは恒久的に投与されている。

たとえ、薬物によって繕われた、機械仕掛けの幻だとしても。

それはきっと救いなのだと。
少女は、確かに救われているのだと信じたい――。

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