狂いゆく世界で 〜オードの兄妹〜


生体工場


後世の史書においては「セリスの乱」と呼ばれる解放運動が鎮圧されてから、十五年。

血で血を洗う内乱は、未だ続いている。
しかし、次第に帝国の体制は傾きつつあり、ロプトウスの支配する世は確実に終わりへと向かっていた。

特にここ――旧イザーク領にあたる地域では、帝国の勢力は一掃されつつある。
凶々しいほどに鮮やかな、オードの聖痕を持つ剣士“たち”によって。

一人一人が一騎当千。
彼らは皆、剣聖オードが甦ったかのような強さだった。

神速の連撃は降り注ぐ流星の如く、居並ぶ帝国兵を雑草でも毟るかのように薙ぎ払う。
その剣が月光のように閃けば、いかなる猛者も紙屑のように切り倒される。

そんな人智を超えた剣士が、数百人である。
邪神ロプトウスの落日は、すぐそこまで迫っていた――。





「あの“オリジナル”もそろそろ限界だな」
「ああ。一度に産む子供の数も減ってるし、未熟児や死産も多い」
「じゃあそろそろ……お役御免だな」

闇に包まれた世界で、『十二聖戦士の伝説』はすでにその信仰を失い、
ただ純然たる力として、その求心力は歪みきった形で人々を惹きつけていた。
すなわち、一年前から満を持して実戦投入されたレジスタンスの“兵器”――『オードの血族』。
彼らの正体こそ、ラクチェとスカサハの子供たちである。

ここ、レジスタンスの本部にある施設で、
オードの兄妹は家畜のように飼われ、交配され、子を生み続けていた。

帝国打倒のための強力な兵士――否、兵器として。
戦うことだけをその存在価値として定められた子供を。
互いの初めてを、近親相姦によって与え合った、あのときから、ずっと――十五年も。



本部の地下、最深部に位置するその部屋に、彼女は“あった”。
二人掛けの長椅子ほどしかない小さな寝台に、“かつてラクチェであったもの”が安置されている。
人としての在りようを根こそぎにされた彼女は、もはやその姿さえ、人としての原型を留めてはいなかった。

巨大な餅を思わせる、パンパンに膨らんだ孕み腹。
その表面には奇怪な紋様が幾重にも描かれ、美しい白磁の肌を埋め尽くしている。
何人もの赤子をひりだした股座では、熟れきった肉花が爛れたように咲き誇り、在りし日の清楚な佇まいは面影も無い。
長年の酷使によって、今では栓が壊れたように、愛液とも羊水ともつかぬ濁り汁を垂れ流している有様だ。

小山のように盛りあがった腹部に隠れて目立たないが、乳房もまた、尋常でないサイズへと変わり果てている。
掌にすっぽりおさまる、可愛らしい大きさだった少女時代。
発育のいい友人に、男たちの視線が集まるのを密かに嫉妬していたのが嘘のようだ。
今、彼女の胸には、いかなる巨漢でも両手に余るほどの、
膨大な柔肉の塊が二つ、仰向けの胴体から零れ落ちそうなほどに実っていた。

大ぶりの西瓜をも凌ぐ、豊満すぎる肉果実。
その先端には、牛のように大量に分泌される母乳を集めるため、搾乳用の器具が取りつけられている。
黒ずんだ親指大の乳突起から絶え間なく迸る白い液体を、陰圧で貼りついたベル型の硝子器具が吸いとってゆく。
搾りとられたラクチェの母乳は、硝子筒から繋がった導出管を通り、湯船ほどもある溜め桶へと流れこみ続けていた。


そして、彼女にはもう、手足がなかった。

誰よりも鋭く剣を振るい、誰よりも速く戦場を駆けた、手は、足は、根元から切りとられ、永遠に失われていた。
肉を内側に織り込むようにして縫合された、老木の瘤のような切断面。
それは、このような異形に成り果ててなお、ある種の美を湛えた彼女にあって唯一、吐き気がするほどに醜かった。


四肢を切断され、孕み腹をはちきれそうに膨らませたその姿は、肥え太った芋虫を思わせる。

あまりに無慈悲で、残酷で、非道な所業は、しかし――
彼女をこのような姿に貶めたレジスタンスの人間たちにとって、極めて合理的で、理性的な行為だった。

彼らにとってラクチェは、家畜ですらない。
兵器の生産工場だ。
それがたまたま、元は生きた人間であったというだけ。
手足など、自律行動する機能など、工場には不要。
無駄以下のパーツである。
そんなものを維持する養分があるならば、胎内の子を育むために回すべき――。

何一つ間違ってはいない。完璧な論理だった。



それにしても、彼女の腹はあまりにも異様な膨らみようである。

ム ダ
手足を取り除かれ、効率よく小型化された彼女の体は、その体積のほとんどが孕み腹で占められているほどだ。
ラクチェとスカサハは双子であったが、臨月にあってさえ、母のお腹をここまで膨らませることは無かった。
ならばなぜ、彼女の腹はこんなにも、ほぼ半球を形作るほど大きく盛り上がっているのか。

答えは単純。彼女の子宮には、同時に十人以上もの子供が宿っているからだ。

一度に平均十三人ほどの子を身篭り、約三ヶ月の妊娠期間を経て産み落とす。
それがラクチェの“生産能力”であり、人としての全てを剥奪された代わりに与えられたものだった。

ありえざる繁殖機能の理由は、盛りあがった孕み腹を妖しく彩る、奇怪な紋様にある。
これこそは、レジスタンスがその狂気と執念でもって追い求め、ついに辿りついた研究成果だ。
施術された母体に、上記の如く超常の繁殖能力を与え、それ以外の全ての機能を失わせる、永続呪術の刻印。

およそ悪魔の所業としか思えぬ、最悪の外法は、だが確かに、他ならぬ人の行いであった。
かつて、もう十五年もの昔、彼女がその年若い乙女の細腕に、剣をとってまで守りたかった、人の。
救いたかった人たちの、恐怖と憎悪に駆り立てられ、堕ち果てた先に犯した、“正義”だった。


神をも恐れぬその呪いは、産み落とされる子供たちにまで及ぶ。
これを施された母体から生まれるのは男のみ。
通常の半分以下の妊娠期間で“生産”された彼らは、通常の二倍以上の早さで成長する。
代わりに、彼らは生殖能力がなく、真っ当な寿命も持たない。

最初期の固体でようやく十歳のため、まだ実例はないが、おそらく二十年は生きられないと考えられている。

考えられている――というのは、推測ではない。

設計である。

レジスタンスとそれを支持する人々にとって、彼らは人間ではない。
生きた兵器であり、天馬騎士の跨るペガサスや竜騎士の駆るドラゴンと同列にある。
しかも、ペガサスやドラゴンよりもかに御しづらく、危険性は極めて高いと認識されている。
ロプトウスを滅ぼしても、けしかけた飼い犬に手を噛まれては堪らない。

ゆえに。

兵器としての効率から、より戦闘に向いた男性固体のみが生まれ、異常な速度で成長する。
極端な短命であり、生殖能力がなく自ら増えることも無いため、後腐れしない。
ロプト帝国の脅威を排除したあとは、放っておいても死に絶える。

そういう、実に良く出来た兵器として、彼らは設計されていた。

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